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横浜地方裁判所 昭和37年(行)8号 判決 1965年8月30日

原告 川松逸雄

被告 横浜南税務署長

訴訟代理人 山田二郎 外六名

主文

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として「被告は原告に対し、原告が別紙目録記載の要項による酒類販売営業の免許を受け、現にその効力が存することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、請求の原因として

「一原告は旧横浜税務署長より昭和一三年四月一四日別紙目録記載の要項による酒類販売営業の免許を受け、翌昭和一四年四月一日同署長より右免許証の交付を受けた。その後旧横浜税務署の管轄が移動し、現在は被告が酒税法第九条に基く免許庁である。

二、ところで原告はその後右営業免許を取消されることもなく、また原告において酒類販売業廃止の申告をしたこともないので、右免許の効力は今日も維持継続され、従つて原告は現在酒税法第九条に定める免許を受けた酒類販売業者であるところ、被告は故なく原告の受けた右免許の効力を争つているので、原告は現実に右免許に基く酒類販売業を営むことができない状態に在る。

よつて原告は被告に対し、右免許の有効であることの確認を求めるため、本訴に及んだ。」

と述べ、被告の主張事実に対し、

「(一)企業整備令によつて昭和一八年四月二三日府県中小商工業再編成協議会において、店舗を廃止すべきものとの決定があり、旧横浜税務署の酒類販売業免許台帳から、原告の営業名義が削除された旨の主張は争う。原告は斯かる店舗廃止の決定を受けたことも、また酒類販売業免許台帳から削除された旨の通知を受けたこともない。

(二) 企業整備令の施行に伴つて原告が営業を廃止することに決定した業者であること、右廃業決定によつて実績補償金九一七円七〇銭を受領した旨の主張は争う。原告は斯かる金員を受領した事実は全くない。」

と述べ証拠<省略>。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因に対し「第一項の事実は認めるが、第二項は争う。」

と述べ、更に

「原告は国家総動員法(昭和一三年法律第五五号)に基く企業整備令(昭和一七年勅令第五〇三号(による酒類小売業の整備に伴い、府県中小商工業再編成協議会において、店舗を廃止すべきものとの決定が昭和一八年四月二三日にあつたため廃業せしめられ、旧横浜税務署の酒類販売業免許台帳から削除されたことにより酒類販売の免許を有しないこととなつた。

(一)  酒類販売(小売)業者の企業整備に先立ち、戦時中国家総力を結集するための奢侈抑制等の見地から、昭和一六年秋頃接客業者の用いる所謂業務用酒の配給統制が行われ、業務用酒は各道府県単位に設置された『酒類販売会社』を通じて各地に設置された業務酒共販組合が受入れ、既存の酒類販売業者に代つて同組合が所属の接客業者に販売するという機構が採用されるに至つた。横浜市においては横浜市内を区域とする横浜業務酒共販組合が設けられ、各税務署単位に設けられた支部がその業務を掌つていた。

従つて業務用酒の販売をなしていた営業者は業務酒共販組合の設置に伴い、業務用酒の販売を行い得ないこととなつたのであるが、その代りこれらの業者については既存の業務用酒の販売利益を確保する必要があるので、既存の販売実績に応じて組合の販売剰余金をこれらの業者に配当することとした。

(二)  その後企業整備令の施行に伴い、概ね三〇〇世帯について一単位の販売業者を置くという方針の下に企業整備が行われ、営業を廃止することの決定をした業者については、それぞれ従来の販売実績に応じた実績補償金(補償共助金ともいう。これは残存業者が廃業者の実績を一定の価額で買取り、これをプールして廃業者に支払うというものであつたが、この事務は税務署長の監督の下に管内の酒販組合が行つていた。)を交付することとして整備が実施された。しかして原告は廃業決定に基き実績補償金九一七円七〇銭を他の廃業者と同様受領しているものである。

従つて原告がいまなお酒類販売の営業免許を有していることを前提とした本訴請求は失当で棄却を免れない。」

と述べ、証拠<省略>。

理由

一、原告が昭和一三年四月一日旧横浜税務署より別紙目録記載の要項による酒類販売の営業免許を受け、翌昭和一四年四月一日同税務署よりその免許証の交付を受けたこと、その後右営業免許の所管が旧横浜税務署から被告に移動し、現在は被告が酒税法第九条に基く免許庁であることは当事者間に争いがない。

二、そこで以下に原告の右営業免許の効力が現存しているか否かに付き検討するに、成立に争いのない甲第三乃至第五号証、乙第一号証の二、同第四号証の一乃至三、同第五、第六号証の各一、二、同第七号証の一、同第八号証の一乃至三、同第九号証、公文書であるから成立を認め得る乙第一号証の一、同第二号証の一、官署作成部分は成立に争いがなくその余は弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第七号証の二、弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第一〇号証の一、二と証人長瀬真作、同平井秀一、同湖出由太郎、同秋沢亀夫、同大西タマ、同川松すえの各証言(但し証人川松すえの証言中一部措信しない部分を除く)及び弁論の全趣旨を綜合すると

(一)  戦時体制下に於ける全国的な酒類統制販売の一環として、神奈川県下においても、先づ接客業者に販売する所謂業務酒につき、昭和一六年七月頃より県内の税務署管轄区域毎に昭和一三酒造年度(自昭和一三年一〇月一日至昭和一四年九月末日)に於ける業務酒の販売実績を有する業者によつて業務酒共販組合(昭和一八年八月二四日設立された神奈川県業務酒酒販組合は各業務酒共販組合を単位組合員とする連合会である。)が設立され、以後は右組合が従来の業者に代つて業務酒の販売権を掌握し、所轄税務署から配給の割当を受けた業務酒を各税務署管内に存する神奈川県酒類販売株式会社の出先機関を通じて委託販売する機構が確立するに至つた。そのため従来業務酒を取扱つていた一般の販売(小売)業者は右組合発足後は業務酒の販売業を廃することとなつたが、その営業補償に代るものとして、昭和一三酒造年度の業務酒の販売実績に応じて右業務酒共販組合より半年毎にその組合員たる資格に基いて利益金(卸価額と小売価額との差額から更に委託販売の手数料その他の必要経費を控除したもの)の配分を受けるようになり、右利益金の配分は右組合が解散して新たに酒類配給公団の発足した昭和二二年頃まで続けられた。

(二)右の如く酒類販売(小売)業者は業務酒の販売営業を廃止して以来専ら一般家庭を対象とする家庭用酒の販売のみに限定され、業務酒共販組合の設立後間もなく設立された臨時配給組合を通じて家庭用酒の割当配分を受けていたが、その後国家総動員法(昭和一三年法律第五五号)に基く企業整備令(昭和一七年勅令第五〇三号)の施行に伴い、全国的に家庭用酒の販売に関し企業整備が行われ、神奈川県下においても昭和一七年夏頃より各警察署管轄区域毎に任命された企業整備委員の指導の下に、原則的に一町内三百世帯に酒屋一軒を基準とし、例外的に戦没者の遺家族、出征軍人の留守家族、転業不可能な老令者の場合には右基準に充たないときでも希望に応じ優先的に残存せしめるという方針で整備が進められたが、当時は戦時中に於ける協力体制という特殊事情も手伝つて企業整備は業者各自の納得の上円滑に行われ、横浜市内にあつては昭和一八年四月二三日その他の地域では同年三月二七日結了した。

しかして企業整備によつて酒類販売業を廃業した者或は従来の販売実績が縮少した者は、企業整備の完了後従前の臨時配給組合に代るものとして新たに残存業者を構成員として昭和一八年六月二八日発足した横浜酒販組合を通じて、昭和一三酒造年度の実績に即して石当り三〇円の割合による実績補償金の支払を受けた。

ところで企業整備による転廃業者は営業免許証を所轄税務署に返還することとなつたが、当時は戦時たけなわの折柄とて、右免許証の返還は必しも充全を期することができなかつたため、東京財務局長より管内各税務署長に宛て、昭和一八年五月二〇日付文書(乙第一号証の一)を以て、企業整備により廃業を決定した者で未だ廃業の申告をしない者に対し、明治四二年九月二二日往第一一五六五号主税局回答(乙第一号証の二)に準じ、所管の免許台帳よりその氏名を削除すべき旨指示し、これに基いて各所轄税務署では未届転廃業者の氏名をその保管する免許台帳より削除した。

(三)原告は昭和一三年四月一日旧横浜税務署から酒類販売(小売)の営業免許を受け、寿警察署管区に属する横浜市南区(当時中区)中村町四丁目二七九番地において、川松屋の屋号で業務酒、家庭用酒の両方を取扱つていたが、(一)に叙べた業務酒共販組合の発足とともに先づ業務酒の販売業を廃し、以後は右組合の組合員として利益金の配分に与り(甲第三号証記載の金員は右利益金の一部である。)、専ら家庭用酒の販売に携つていたところ、次いで(二)に叙べた企業整備の際、同一町内の相原小才治方が出征軍人の留守家族であり、同家の希望によつて原告は家族用酒の販売実績をこれに譲つて廃業することとなり、昭和一八年中に実績補償金として横浜酒飯組合より金九一七円七〇銭(内金七一七円七〇銭は横浜酒販組合振出、横浜興信銀行支払委託の小切手、内金二〇〇円は公債)の支払を受け、以後は神奈川県庁に嘱託として勤務するようになつたが、転廃後も営業免許証を所輻免許庁である旧横浜税務署に返還しなかつたため、同税務署では(二)に叙べた東京財務局長の指示に基き、その管理する酒類販売業免許台帳(乙第二号証の二)より原告の名義を削除するに至つた。

以上の事実が認められ、前顕証人川松すえの証言、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、また甲第一号証の免許証が原告の手中に存する事実も未だ右認定を左右するに至らず、他に右認定の妨げとなる証拠はない。

右事実に徴すると、原告が旧横浜税務署から受けた別紙目録記載の要項による酒類販売の営業免許の効力は、業務酒共販組合の設立並びに企業整備による酒類販売営業の廃業によつて完全に失効したものと解するのが相当である。従つて右免許の効力が現存するとの前提に立つてその確認を求める原告の請求の失当であることは多言を要しない。

よつて原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべく、訴訟費用の負担に付いては民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨 藤浦照生 谷沢忠弘)

目録<省略>

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